一つ前の投稿で「3人の子供の主夫をしています」と書きました。
「ん?」
と思った人もいるかもしれません。うちは4人の子供がいる賑やか家族です。家の中はひっちゃかめっちゃか。
いつも、笑い声と泣き声が入り交じっている家です。週末に家に帰ると、ホッとすると同時にため息をつきたくなるときもある。そんな家族です。
遅い夏休みをもらったのは、娘が「扁桃腺切除術」を受けることになったからです。
入院+手術をすることになり、そのため、妻が付き添い必要となりました。本来は子供の夏休み期間中に入院する予定でしたが、コロナ感染拡大時期であり、「不要不急の手術は延期」となったので、この時期となりました。医療者として事情はわかるので致し方ないです。
そのために、残る3人の学校生活、幼稚園生活、自宅でのわんぱく生活を支えるために夏休みを取らせてもらいました。
本日で6日目
おかげさまで娘の手術も無事に終わりました。
他の手術や病気と比べると、とても安全な手術であることや心配がないこともわかってはいるものの、
「手術が終わったよ」
という連絡があるまでは親としてとても心配でした。その一言をもらって、ホッと。
医療者側としては日常の中の一つの手術や入院ではありますが、その家族にとっては一大事であること
改めて再認識しました。
喉をさわる手術のため、術後ご飯の制限があるのがとても辛い
これも自分としては仕方がないことだとわかっていてもやっぱり娘は辛そう。もともと偏食で食べないときは全くといって食べない子が食べれない日が続くと心配。
そして何より、面会ができないのは本当に辛そう
気丈な娘も兄妹に会いたい
と泣き出しました。いくら母親を独り占めできるといっても毎日のように喧嘩する妹と離れられるといっても、やっぱり仲がいいんだなと。
この御時世なので携帯で画面を見ながら話ができ相手の表情を見ながら子供同士も話ができます。日常の些細なことだけどお互いに顔を見ながら話をするというのはホッとするみたい
今回患者の兄妹として感じることと親として感じることの違いもありました
私の妹は白血病で小学校3年生の時に長期入院、その後再発して又長期入院をしました。
(お陰様で今では元気に母親をしています)
その当時自分は中学生でした。母親が片道1時間ちょっとをかけて見舞いに行ったり、病院に泊まることもあったりして、当時の自分は「うるさい母親が居なくてラッキー!」ぐらいにしか思っていなかったです。
妹に関しては「元気になって早く帰ってきて」と思っていましたが、会えないことでそれほど寂しいという感情はなかったかもしれません。病気に関しても、よっぽど命に関わるものだと今はわかりますが、当時は「ドラマでよく聞く名前の病気」程度でした。骨髄バンクというワードが出始めたときでした。家族が亡くなるかもしれないという気持ちは一瞬よぎってもそれまででした。もし、今同じ状況だとすると、仕事が手につかなくなっていたと思います。さらには仕事環境を変えないと生活ができなかったでしょう。
当時は手紙を病院から書いてもらって、手紙のやりとりのみ。また当時小学校1年生の妹は寂しかったでしょう。母親もいなかったですし。その間、父親も大変だったんだろうなと今改めて感じます。
仕事を早く切り上げて帰ってきて、ご飯やお風呂など用意もしてたのかな?と記憶を探しています。長期入院かつ、遠方の病院への入院だったため、本当に両親は大変だったんだろうと思います。
たかだか、一週間ぐらいでそう思ってるわけですから、長期入院をしている子供の親御さんの大変さは計り知れないと思いました。いろいろなサポートが必要です。心身共に。
40歳を越えて、子供との時間を少しではありますが持てて、いろいろと考える機会があります。人にはいろいろな幸せの形があります。私にとっての今の幸せは、家族との時間です。片付けばっかりになることもありますが、まぁ元気に育ってくれていますし、バカなこともしてくれて笑ってますし、幸せなんだと思います。
毎日の小さな幸せに感謝して、今日も頑張りましょう。