これは久しぶりにグサッと刺さりましたね。嗚咽というか、嘔吐というか、あの時の倦怠感と、医師となったときの使命感に潰されそうだったときの自分を思い出してしまう、強烈な作品でした。私とほぼ同期の医師の方、さらに言うと、同じ病院で外科研修をしたことのある人、そしてSSAとしてトレーニングを積んだ同期の顔を思い出していました。

 外科に進まなかった自分は、初期臨床研修のたかだか3ヶ月、そして2年目に選択で選んで2ヶ月の合計5ヶ月間だけでしたが、強烈に刻み込まれた時間でした。あんなに寝なくても、あんなに食べなくても人は死なないのだと思えましたし、緊急手術が入ったときに鉤引きで入っただけなのに、緊張感とアドレナリンが止まらない時間。執刀をさせてもらった後の高揚感とその責任の重さをひしひしと感じる時間。無事に終わって、病棟に戻って、点滴周りの確認やナースコールボタンを患者さんの手に渡し、「何かあったら押してくださいね」と部屋から出て、ナース・ステーションで点滴の指示を打とうとしたら、緊張からの解放でうとうとしてた。夜中に、ナース・ステーションの電子カルテ前で意識を失っていたのはほぼ毎日。人の命に直接関わる仕事をしている私たちが毎朝6時から回診をして手術をこなし、病棟業務を行い、緊急手術を行い、気づいたら22時とか24時からのカンファレンス。日曜日も午前中は回診。そこに、救急当直や外科当直があり月に8回ほど当直をしていた。家に帰るのは1週間に一度帰れたらいい方。初めて買った家電製品は乾燥機能付き洗濯機。靴下は、病院のope用靴下。上下の戦闘服(スクラブ)も病院のもの。下着だけが洗濯する必要のあるもの。シャワーを浴びる時間があるのであれば少しでも寝たかった。毎日シャワーを浴びたという記憶もない。それでも、人が元気になっていくのを見るといいことをしたという麻薬のような感覚でまた目の前の仕事に戻る。そんな毎日の連続でした。戦争を経験していないのでわかりませんが、逃げられない感覚。やるしかない。今自分がやらないと人が死ぬ。そんなプレッシャーがあったのではないかと思います。とても頼りになる先輩や仲間、コメディカルもいたからやり抜けた。いまだに忘れられない、病棟急変。何度も生死をさまよって救命された方。呼吸器が長くついていたこともあって気管切開されていた。それももう大丈夫だろうということで、閉じることになって数日後のこと。突然の呼吸苦+意識レベル低下。吸引を繰り返してもあまり痰は引けない。病棟内にドクターで一番上の学年は自分。それより上の学年の医師は手術に入っていた。麻酔科を回った後ではあったが、気管挿管は苦手だった。自信がない。でも、今自分がやらないと目の前の方は死ぬ。上級医に連絡はした上で、待てない状況。奥様の心配そうな顔も今でもはっきりと思い出す。やらないと死ぬ。そのとき何かフッと力が抜けたのか、喉頭器をかけた瞬間にまっすぐに声門が見えた。無事に挿管が終わり、アラーム音も鳴り止んで、一命を取り留めた。その後、そのご夫婦とは、北海道に勤務先が移った後も手紙のやりとりをした。

 そういう緊張感と逃げられない環境が人を育てるのかもしれないが、その一方でそのストレスはやはり尋常なく高いのだと思う。いいことではないのかもしれない。必要なこともあるとは個人的には思っているが。

 働き方改革が世の中で話題となってもう数年経っている。今までこのような現状の中で医師が毎日命を削って人の命を救おうとしているという現状も知っていただきたい。そして、そんな現状を作ってはいけない、患者にとっても安全でないといけないということでできたのが働き方改革での残業時間の規制。タスクシフトなどいろいろな策を急展開しないと間に合わない現状だが、患者サイドでも本当に今このタイミングで病院に行くべきなのか。家族説明の時間も仕事を休んで医師の勤務時間内にするとか(銀行や役所の手続きなどと同じです)、「もしものときに自分は、または家族はどのような医療を受けたいのか。また、どのように人生を終えたいのか」ということを考えておくこと。これも大切なことです。

 とりとめもない話になりましたが、久々の衝撃な作品でした。お勧めです。

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