「先生。水が1番おいしいの。ほんと喉が渇いてね。来てくれてありがとう。」
「ブドウも水分と思って食べたけどすぐに飽きちゃう・・・水がね。水が1番おいしいの。ベッドに寄りかかって飲むでしょう。そうするとこぼしちゃってパジャマが濡れちゃうの。でも、乾燥しているから、乾くんだけどね。昨日一日誰も来てくれなかったから、冷蔵庫まで水を取りに行けなくてね。はぁ、本当に来てくれてよかった。」

「医師」としての訪問を喜んでくれたのか、それとも「喉の渇きを癒やすための水を冷蔵庫に取りに行ける人」が来てくれたことに喜んでいたのか。定かではない。でも、喜んでくれていたことに変わりはない。
自分の祖母と変わらないほどの彼女との出会いは半年ほど前。近くの病院からの紹介。癌末期でbest supportive careをお願いしますというものだった。ご本人様もとてもしっかりした方で、自分の「生」を真っ正面から受け止めている印象だった。結婚はせずお子様もいない。自分の親、兄妹を先に見送って、一人で生きてこられた方。人様に迷惑をかけちゃいけないから、できることは自分の責任でやる。自分の人生を全うした。そういう印象を受けた。毎月外来でお目にかかる度に、「何か困っていることはありませんか。痛みなどはありませんか.食事はどうですか?」と伺うのですが、「大丈夫よ。栄養は取らないといけないと思って、餅とか少しずつとったり、少しずつ食べてるのよ。」「困っていることは、もしもの時に株とか、銀行関係のことをしっかりやらないといけないからそのへんのところかしら。」「もしもの最期の時は、入院させてね。自分の身の回りのことできないまま家でっていうのはちょっとねー。」
僕は、びっくりした。これほどまでに自己管理ができていて自分の人生に責任と自由を持っている方にはなかなかお目にかかったことがない。全てを自分で選択してきたからこそ、後悔も含めて自分で受け入れておられるのだろう。
「わかりました。毎月お話を伺いながら、そのタイミングをみていきましょう。」
彼女は、毎月ご自身の運転する車で10分弱かけて通院をされていた。
年の瀬になり、定期通院に来られた彼女は、自ら「先生。ちょっと、通院するのがしんどくなってきたわ。でも、まだ入院もしたくないの。もう少し家にいたいんだけどどうしたらいいかな。」彼女からのサインだった。
「頑張りましたね・・・家でまだ過ごしたいのであれば、訪問看護やヘルパーさんを導入してみたらどうですか。そして、私もご自宅まで診察に伺いますよ。それなら、もう運転してこなくてもいいですから。」
笑顔で「そうね!それなら助かるわ。よかった。まだ、やらないといけない手続きとかあるのと、家の中であればまだ歩けるから!よかった!」と。
でも、本当にギリギリまで頑張ってこられたんだと思ったのは、初めて訪問診療に伺った同月。痩せこけた頬とベッドで横になっている彼女をみた。
「喉がとても渇くのよ。先生。水が1番おいしい。栄養のことはどうしたらいいかしら。」
と右季肋部が大きく腫れているお腹で話された。
「いいんですよ。摂りたいもので摂れれば。無理せず、まずは水分取って下さい。」
「痛みは出ていませんか?」と返すと
「ほんとう、幸せなことに痛みはないの。ただ、歩きにくくなってきて、トイレにいけないことが辛いわ。」とオムツを懸念するところがまたスゴい。
毅然とされているその姿に、見とれてしまった。
年が明けて、早々にご自宅に伺った。まだオムツはしていない。でも、
「先生。トイレに行こうとして座ったらもう立てなくなっちゃって、下着が汚れちゃったの。」
すかさず看護師が、「いいですよ。後で私やりますから。先生がいたら嫌でしょ。先生を送ったらまた来ます。」
「ありがとうね。」
「先生。水がいちばんおいしいのよ。ほんと・・・わたしどうしたらいい?もう病院に行かないといけないかしら。」
そう尋ねる彼女に「まだ家にいたいんでしょ?」と。
「そうね。まだいたいね。」
「じゃあ、まだ家にいましょう。水分だけはしっかり取って下さい。オムツのこととかヘルパーさんに頼むようにしてもう少し家にいれるようにしましょ。どうですか?」
「お願いできるかしら。」
「いいですよ。また来週来ますからね。それまでに具合が悪くなったら、看護師から連絡もらってまた来ます。無理せずにね。」
「助かるわ。ありがとう先生。」
「あー、でも本当に今日来てくれて嬉しかった。とても喉が渇いていたの。昨日は誰も来てくれなかったから、水を取りに行けなかったのよ。」
私たちは、そういう彼女に手を振り、来週来ることの約束を再度して、ご自宅を出た。
人生について、高齢者医療・終末期医療について改めて考えさせられた。救急のみをしていたときには考えることが難しい場面。この場面における「医師」の仕事は、医師でないといけないのか?この仕事が医師の仕事ではなくてもいいという人もいるだろう。医療行為は特に何もしていない。半年間、毎月外来でお話を伺い、わずかな処方を行ったのみ。通院困難となり、訪問診療導入をしたのみ。特別なことは何もしていない。表現が良いかどうかわからないが「無駄な処方はしていない」「必要なタイミングまで外来とした」「入院はなるべく行わず自宅で診ている」というだけ。でも、彼女は人生を全うしている。苦しみはほとんどない。むしろすっきりしているように見える。これは私たち医療者がなにかできたから?ではない。彼女の希望になるべく沿うように医療資源の中でサポートしているだけ。訪問入浴やヘルパー導入で自宅での生活を最後までサポートできるようにマネージメントしているだけ。でも、これをする人は必ず必要。医師がチームリーダーである必要はない。チームの一員として医療面のサポートをすればいい。そんな関わりがあってもいいのではないだろうか。
逆に患者サイドでこの物事を見ると、やはり自分の生に対して、とても積極的であり受け身ではない人生を送ってこられた方だからこそすがすがしいまでの時間の過ごし方をされているように見受けられる。これは、人生の長さではないように思う。どんなに短い人生でも「生きていて良かった」「仕方ないけど、満足した人生だった」そう言えるような生き方をすること、とても大切だと再認識をしたと共に、そうではない人に多いと感じるのが「なるべく長生きをさせて欲しい」という感情が先立つことだ。それは、まだやることがあって、為し得ていないからなのか。それとも、ただ生きていることが良いことだと思っているからなのか。
点滴をずっと行い、ベッドで横になっているだけの人生が本当に幸せなのだろうか。現実問題、きれいごとを言えないのは、その医療費のほとんどは税金で賄われている。そして高騰する医療費のために未来ある子供世代に対する優遇がなかなか進まない。現役世代が苦しんでいる。倫理観という1個人の人間に向き合うだけでなく、この日本の中で「生きていく」一人として考える場合に正解はなんだろうかと。
一律なルールで決めることもできない。日本の文化やその地域の文化性もあるだろう。人の幸せってなんでしょうか。
「長生きは幸せなのでしょうか。」
新年早々、こんな思いを抱いて始まった2023年です。
医療者の自己満足ではいけない。インフラの一部であることも意識し、個人・社会のニーズに適した医療の提供を考えることで私たちの子供たちに幸せな社会を残すことができると信じています。
先生が、おられるからこそ、安心して自宅にいることができたのだと思います。誰にも来る最後の時。長生きしたいとは思わないけれど、じぶんで決めることは出来ない‼️人にも迷惑かけたくない。最後まで自宅にいたい。
先生につながっているからこそ、本人も介護スタッフも安心してやっていけるのだと思います‼️
回りのスタッフと助けあいながら、自分も過度の負担にならないよう‼️少しでも楽しみをかんじられる範囲内で頑張って下さい😃 素晴らしいドクター先生へ🎵
76才、定年後の内科医師です。
毎週1回、県北の認知症センターで内科医として入院患者さん⁉️の内科的サポートしています