今回、一週間かけて島根県の3箇所を回りました。

GENEPROの仕事・プライマリケア連合学会の仕事・へき地離島救急医療学会のシンポジウム

3つの仕事を同時にさせてもらい、とても有意義な一週間となりました。

 まずは、GENEPRO

2期生のときからずっとお世話になっている益田医師会病院を中心とした研修先。別名

「オヤジの背中プログラム」

今回初めて、クリニカルビジットで研修生の頑張りをみてきました。

自分自身が研修をした長崎県上五島病院とも、何度か視察に行っている千葉県の匝瑳市民病院とも異なる地域性を含んだ研修プログラムであることを再確認しました。特徴としては、

 1.医師会のバックアップ病院である(開業医の先生方が入院加療をお願いしたいときに入院施設として対応を行う病院)
 2.それぞれ開業されている臓器別専門医の先生方がプライマリケア領域で必要とされる知識・手技を教えてくれる

この2点です。なので、自分が何を不得意としていて、何を中心にこの一年間学びたいか。という明確な目標が立てられる人にはとても有意義な研修になると感じました。しかも、それぞれ専門科から、短期間ずつ指導を受けられる。さらに、5年が過ぎて、私たちGENEPROの研修生たちが何を求めているのかということを理解して下さっている先生方なので、とても効率的です。
そして病院の中で特記すべきは、リハビリ室がとても広く、きれい。スタッフも充実しており、回復期の勉強にもとてもなると感じました。
 今、研修されている医師も家族との時間もしっかりと取りながら、臨床面も英語面も充実した勉強をされていることを聞いてとてもうれしく思いました。来年度の研修生についてはまだ枠が残っているので、興味のある方は是非GENEPROに連絡をしてみて下さい。

 翌朝、朝5時36分発の特急スーパーまつかぜ4号で出雲まで移動。タクシーに乗り換えて、出雲空港へ。目的地は「隠岐の島」 島流しで有名なあの島です。後鳥羽上皇や後醍醐天皇です。その時代に、この距離を船で連れてこられたと想像すると、本当に大変な思いだっただろうと思いました。
その日の飛行機は強風のためプロペラ機で縦揺れ横揺れで30分のフライト。これでも結構大変な思いをしました・・・尚のこと、船だとすると・・・昔の人はスゴかったな…よく島にたどり着けたよな…

 ちなみに高速船で1時間30分で着きます。時速70kmで。

 隠岐ノ島では、隠岐病院で勤務されている若手の総合診療医に密着取材をして、外来、病棟業務、チームビルディング、訪問診療、そしてプライベートの生活なども。改めて他の方の診療をみさせてもらうのはとても刺激になりました。自分自身の診療を振り返ることが出来ます。この詳細については、プライマリケア連合学会のホームページに近日中に記事として上がる予定です。離島で医師として、家族とともに生活する魅力がたくさん詰まっています。

 同時に、第26回へき地離島救急医療学会で、シンポジウムにでました。パネリストとして、隠岐島前病院の白石先生の司会のもとGENEPROの後輩であり離島で頑張っている室原先生と、これまた白石チルドレンとして今島根で一番ホットな津和野の濱崎先生と。それぞれの立場で、「総合診療医がへき地・離島を救う」と題していろいろ話ができました。その中でも私の一番の収穫は「Rurality index for Japan」を用いて、「へき地のgradation」を共有出来たことでした。この理解の元に、自分の病院の立ち位置とやるべきことを議論できたように思いました。

 「Identity Crisis」についても、医師年数の若いうちにはとても起こりやすく他の先生方が不安に思っているのも感じました。一方でこの学会に参加されていた多くの先輩方は、「その時期を通り越したレジェンドばかり」だったので、その意識のギャップに気付くことも出来ました。

 私からの一言は「他人と成長や幸せを比較しないこと」です。

どうしてもgeneralを専門としてやっていこうとすると、縦への成長ではなく幅と深みを拡げていくイメージです。2次元的にではなく3次元的に。なので、拡がり方というか成長はとても遅く見える。しかも、医師になって6年目ぐらいまでは本当に成長しているんだろうか?と同期の比較してしまいがち。
 でも、大丈夫。10年目を超えてきたら臓器別専門科に進んだ同期も同じように悩むので。焦らず,目の前の患者さんからたくさん学びましょう!

  懐かしい方ともたくさんお会いできて本当に楽しい学会でした。自分自身も、次世代として頑張っていかないといけないなと刺激になりました。というのも、学会に参加されていたのはほぼレジェンドばかり。中間層がいない。確かに開催場所として不便なところではあるけど同世代があまりいないまたは、若い医師があまりいないのは危惧される。オンライン上でどれほどの参加があったのかは私はわかりませんが、やっぱり未来を作るのは若者なので、若い人が議論に出るべきだと思う。そして交流して高めていくべきだと思う。

 最後は、島前と呼ばれる3つの島からなるうちの1つ。西の島に向かいました。島前病院の白石先生の元です。初めてお声がけ頂いたのは、今から7年前の松前病院を辞める直前のPC学会で。「大変やな−。でも、松前病院の朝の勉強会とか、ほんとに頑張ってると思うよ。みんなめっちゃ欲してると思うもん。」と声をかけて頂きました。

 それからは、間接的にまたはオンラインでお世話になっていましたが、今回はご縁があってやっと島前病院の見学に伺うことが出来ました。44床の病院。総合診療医だけが常勤。松前病院のさらに小さい版。でも、いろんな工夫がされていたり、DXを取り込んだり、学ぶところがとても多かったです。何よりエコーの台数が半端なかった。そして、そこで学ばれている先生方が日常診療にスッとエコーを用いて、筋膜リリースをしたり、異物除去をしたり、骨折の当たりをつけたりしたり。現場で診療を支えている次世代の先生方がいるからこそ(ここがめちゃくちゃ重要!)、白石先生が今島根全体の地域医療の仕事もしやすいことも理解しました。

 小さい島からでも発信し続けることが大切ということを白石先生から学んだように思います。そして、いっぱい遊びました。個人所有のヨットに乗って、ジギングして魚を釣って、養蜂を見学して、馬に蹴られる白石先生に直面してetc 離島を満喫している先生をみて、将来の自分が近いような気がした…どこでも、楽しく人生を過ごす。楽しみ方を見つける。なければ、楽しくなるように環境を変える。そのマインドが似ていて、勝手にとても親近感が湧きました。本当に島前に行ってよかったです。

 いろいろありましたが、とても収穫の多い島根旅でした。病院を守ってくれたスタッフの皆様ありがとうございました。この経験、学んだことを院内でも、そして千葉大のアテンディングでも活かせるようにまた発信していきたいと思います。

 

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