2025年になって1月2月は怒涛のように過ぎ去っていきました。恩師との別れの流れのままに2025年に突入して、臨床ではインフルエンザの猛威、コロナもボディーブローのようにやってきた発熱外来。しかも結構重症化するインフルエンザ肺炎。
 地元の同窓会に参加。中学校を卒業してもう30年。みんなそれぞれの人生を歩んでいて面白かった。そして、やっぱり地元が好きなことも再認識。田舎が好きなんだろうな。ホッとする。唯一、海がないことが欠点ではあるが。


 そんな中、もともと予定していたプライマリケア連合学会 島嶼へき地委員会の仕事。島嶼・山間へき地で働く先生たちにスポットを当てて、その魅力を若い先生たち、医学生に伝える仕事。インタビューのために今回は雪の中、利尻島に向かいました。詳細は日本プライマリケア連合学会のホームページを楽しみにしてください。

 そんな過酷ではあるもののとても楽しかったインタビューをしている時に、GENEPROの方からご連絡をいただきAbema Primeで地域医療について話をする機会があるのでぜひ!とお声がけをいただき、翌週初めて生放送のテレビ局に向かいました。田舎者としては完全にお上りさんでした。六本木ヒルズを前にして、車でテレビ局に向かうのは多分人生で最初で最後でしょう笑 いろんな裏側が見えたのも社会勉強になりました。
さておき、実際には25分程度の話し合いでしたが、普段思っていることをスッと言葉にできたこととてもよかったと振り返っています。YouTubeにあるものは、一部編集されているので私が一番伝えたかったことはカットされているのですが・・・ぜひ、Abemaに登録の上、見ていただけますと幸いです。台本はあったものの、その場で質問されることがたくさんありました。それでも、うまく伝えることができたのは、こうやって文章化することを普段からしていたからだろうと、振り返っています。アウトプットするトレーニングをしていたことで、この分野についてはスッと、アウトプットできたのだと思っています。
この経験で改めて思ったのは、医療関係の方ではない方は、自治医大の存在や、地域枠のこと、修学資金の制度のこと、卒後にどのようなキャリアを積んでいくのか、また、医師がどのような生活をしているのかということはわからないということがわかりました。なんとなくのイメージで給与が良い職業であること、とても忙しい職業であることぐらいしかわからないのだと思います。全部知ってもらいたいとは思いませんが、やはり話をしていて思ったことは、私たち医師は、人間であり、家族があり、プライベートがあるということを改めて知ってもらいたいということ。ロボットではないので、疲れることもある。ミスすることもある。人の生死に関わる時もとても多く精神的なストレスがとてもかかりやすい職業であること。こういうことを知ってもらいたいと思いました。その上で今回の働き方改革などで、人間らしい勤務時間を守っていく制度ができることで今までなんとか医療者の踏ん張りやいろいろな犠牲の上で成り立っていたやり方では医療は継続できないということも知ってもらいたい。もっと一般の方にも。そのうえで、医療というのはライフラインの一つであり、それを守るために働く医療者に対して、どのような対価を払うかということも知ってもらいたい。医療費を安くするということは彼らへの支払いも減ってしまうということを理解してもらいたい。特に、へき地では医師・看護師を雇用することの難しさについても少しは知ってもらえたと思います。その上でどのように医療と向きあうか。ぜひ考えてもらいたいと思うきっかけになりました。

 話がそれますが、利尻島で感じたことをまだうまく明文化できずモヤモヤしていたのですが、千葉県内の自治医科大学出身の先生たちが守っておられる小規模病院を見学させていただいて、気づきました。
 やっぱり自分が今まで積み上げた診療の幅や、患者さんや家族との向き合い方、地域との関わり方は、都市部ではなく3次医療機関へのアクセスが悪い地域でいちばん力を発揮すると。主に、北海道松前病院でのトレーニングや湘南鎌倉総合病院のER+離島研修でのトレーニングが地盤となって今の自分が形成されていると思います。やはり医師10年目まででその医師のスタイルが決まるという言葉は合っているのだと思います。自分には救急のベースがあることから、いわゆる地域医療というカテゴリーの中でもへき地尺度が高い(より3次医療機関までのアクセスが悪い)地域で力を発揮するのだと確信しました。なので、今までモヤっとしていた「地域医療」の薄い膜が一枚とれた感じがします。

 そして、自治医科大学の若手、義務年限が明ける年次、その後の先生たちと全国いろんな県の方と話をする機会が増えて、ますます自分はとても親和性が高いと感じることが多いです。そして、自治医科大学に受からなかったことでよりプラスになったことも自分を通じてわかることがあります。医師として若い時には短期間へき地尺度の高いところでいろんな刺激や自分がこれから何を学ばないといけないかということを感じる期間を設けることがその後研修に対しての気持ちが変わるということ。また、臓器別専門でも総合診療専門でも救急でもなんでもいいですが、その研修をやりながら、間に何度かへき地へ向かう。これを繰り返すことがその後の義務年限の過ごし方が変わるのではないかと思いました。要は専門性を学んだからこそ、ここに関しては自信を持って診療ができるとか、そこについては周りにも指導ができるという気持ちでへき地で診療ができます。これは医師としてとても自信をドライブすることができると思います。家族設計やその他の人としての人生プランがいろいろある中で、その後もへき地などで興味を持って働くためにはそれに耐えられるレジリエンスやその地域が好きだと思える何かも必要です。お試し期間ではないですが、1年ではなく3ヶ月〜半年程度で入れ替われる制度があってもいいのではないかと思います。

 そんなかんなで怒涛の2ヶ月が過ぎてしまいました。自分自身もひとつ歳を重ね、60歳まで15年しかなくなりました。いつも歳を重ねると人生を振り返るのですが、なかなかできていませんでした。やっと時間が取れたのでこれも文字起こし。

 ガボンで感じた「人生60年」
残り人生は1/4しかありません。時間は有限ですし、いつ自分が死ぬかもわかりません。気をつけていたっていつか人は死にます。それを悲観しても仕方ないです。私たち医療者ができることってなんなのでしょうか。長く生きることが幸せではないことはもうわかっています。なので、長生きしてもらうことをゴールとした医療は違うと思っています。日々が楽しく、思ってもいないタイミングで死が来ないように全力でサポートすること、死を迎えるタイミングでも笑ってられるような環境や状態をサポートすること。これが大切なのではないでしょうか。
 自分はというと、毎朝、目を覚まして生きていることに感謝して、少し美味しいものを食べることができたらとても幸せと感じ、好きなサーフィンができることに幸せを感じて、自分が天職と思えるこの仕事ができることに幸せを感じて、自分ができること、何か他の人が幸せに感じられることができるように日々頑張りたいと思います。それでも、気持ちに波はあります。疲れないように、しっかりと休みを取ったり、共に笑える仲間と過ごす時間を大切にしたいと思います。

こんなに笑ってるんだって写真を見てびっくりした。とても自然だ

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