一年でいちばん、町がにぎやかになる4日間がやってきました。

普段は人通りもまばらな田舎町に、出ていった人たちが戻ってきて、子どもたちの笑い声とともに、神輿の掛け声やお囃子の音が街に響き渡りました。

屋台が並び、法被姿の大人たちが汗を流しながら笑い合い、道行く人たちの顔もどこか誇らしげで――
けれども、その祭りの熱気を遠くに感じながら、病院のベッドの上で静かに人生を終えた方がいました。
他の診療科の先生から引き継いで3ヶ月。前回の入院時には自宅に戻りたいと強く希望があり、なんとか調整をして、訪問診療につないだ。初めてご自宅に伺った時に目にとまったのは、若かりしころのご本人の写真。神輿の前で凜々しいお姿。「あ、それ、先生の今ぐらいのときの写真じゃないかな。」
「自宅に戻ったのが祭りに間に合ってよかった」と、家族の方からの言葉も忘れられない。「最期かなって思ってたので、大好きな祭りを自宅から見れてよかったと思う。」
その後、食事が取れなくなり、再度入院となり、少しずつ少しずつそのときを迎えていました。その方の地域の祭りではなかったですが、街中から太鼓やお囃子の音が聞こえました。
「天気もなんとか持ちますかね」「あー、そうかもね。暑くなりすぎなくていいかもね。」
そんな会話をした翌日静かに旅立たれました。

命の終わりにも寄り添う医療の現場。その方それぞれが「今まで生きてきたこと」をとても強く意識することがあります。
祭りの音、におい、人の気配――
それは、命の最後の瞬間にすら、温もりや誇り、懐かしさを運んでくれるものなのだと、教えてもらった1日でした。