やっぱり涙した。夏川草介さんにはいつも、やられてしまう。どうしてこんなにも琴線に触れてくれるのだろうか。ほぼ同年代の時期に、医学部を出て、医師として働きながら、数々の作品を世に出されている。全てを読んでいるわけではない。

 神様のカルテ

初めて読んだ時には、衝撃と涙が止まらなかった。自分自身の専攻医時代に読んだ。主人公「栗原一止」と同じような境遇に自分を重ねた。地域で救急を受け続けること。胆管癌のおばあさんの希望を叶えてあげること。目の前の患者さんに全力で向き合いながらも、「生きるとは?」「死ぬとは?」ということを常に考えながらも医師として成長していく。そんな栗原一止が、大学時代の同級生と再会し、また悩む。とても臨床医として素晴らしい先輩のいろいろな過去からの今があることを知り、また悩む。りんごを齧るそのシーンは、文章だけなのにとてもイメージができた。

 大学病院に戻って、医師としての成長を続けながらもその後どうするのか。続編を読みながら、自分自身も医師として成長していたため、それぞれの分岐点で悩むこと、考えに気づくことに共感し、涙しながら読んでいた。

 今回、世に出てから、一年たって、誰かのSNSで紹介されているのを見て、ハッとした。自分自身が忙しくしていて、小説を読んでいないこと。そういった分野の本に触れる機会がなかったことに気づいた。本屋に行かないと、パソコンからお勧めされる本は自分自身の履歴から似たようなものばかりになる。医学書や自己啓発本、遠藤周作etc 先週、お休みに横浜に行く用があり、隙間時間になんとか本屋さんに向かった。少し小洒落た本屋さんだったので、種類はたくさんあるが見当たらない…店員さんに確認したら、「一冊だけ残ってますよ!」と出してくれた。自分自身の笑顔が溢れていたのか店員さんもとても素晴らしい笑顔で「よかったですね。」とレジを打ってくれた。 本を買うのをこんなにも喜んで買ったのは久しぶりかもしれない。

 スピノザの診察室。とっても面白かったです。雄町哲郎。また彼も、おそらく今の自分と似たような年代の医師。境遇は違えど、医師としても人としても人生を少し積んでいる。舞台は京都。出てくる地名や通り名、和菓子に自分自身の学生時代を思い出して文章から情景がすごくイメージできる。なんといっても、私も大好きな阿闍梨餅や出町ふたばの豆大福。文字だけ読んでも、唾が出た。少し塩みのある硬めの豆と甘すぎないあんこがとてもいい。豆大福食べたい。こればかりは京都駅でも買えない・・

 消化器内科と設定は異なるが、中小規模の下町病院で、ちょっとクセのある、でも愛嬌のある同僚とそこで必要とされる医療の提供を行う。大学で行われるような最先端な治療ではないかもしれないが、「人の幸せはどこからくるのか?」と考えながら、「病気が治らなければ、幸せになれないのか?」「事実、若くして病気になり他者から見れば絶望だと思うような運命でも、幸せな時間を作り出していた人を見ると、そうでもない」といった、哲学的な観点。ちょうど京都の五山送り火の時期でもあり、あっちの世界とこっちの世が行き来しやすいからひっぱられんといてなっていうのもとても趣深い。

 今自分がここでやっていることも、似ていると思う。京都の街中ほどの都会ではないが、結局は「集約化の先に残る医療」を担う人が必要で、それをするために、定期外来、初診外来、救急対応、認知症やご高齢の肺炎、尿路感染症などの入院対応、癌末期、訪問診療etc. 

 京都という馴染みのある土地だったからなのか、なおのこと感情移入しやすく、色々なシーンでやっぱり泣いた。

「おおきに、先生」と書かれた免許証

そして准教授が、子供の病気のことだけでなく、その子の性格、他者を気遣う優しい子であると、「一人の人」としてちゃんと人生のサポートをしているシーン

若手の医師をしっかりと、かつさりげなくサポートするシーン

 自分自身もそのような医師になりたいと思いますし、自分だけでなく若い先生たちにも雄町哲郎のような先生になってもらいたいと思いました。

 忙しいとは思いますが、医療者の方はぜひ、一度読んでみてください。そして、医師20年を迎える前のちょうど私たち世代は一番共感するところが多いのではないかなと思います。秋の夜長のお供に。

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