2020.6.10
あと何年、医師として働けるか。
30歳のとき、アフリカ、ガボンのシュバイツュアー病院へ短期見学に行ったときから人生は60年
そう思うようになった。感染症で死ぬことが当たり前。
検査機器や治療デバイスも行き届いていない国・地域は沢山ある。
日本にいると80歳まで生きることが当たり前のような空気がある。
果たしてそうだろうか。
明日、交通事故にあい、家族と会えなくなるかもしれない。
心筋梗塞やくも膜下出血で突然命を失うことも当然あるだろう。
いくら予防に心掛けていたとしても。
ガボンでの2週間ののち、老後にやりたいことをしよう!という考えはなくなっていた。
やりたいことは今やる。
もう人生は半分終わっている。折り返しだ。
残りの人生で何ができるか。
家族との時間や過ごし方も考えるようになった。
医師として自分が出来ることも何があるのだろうか。
あれから、全力で考えて、楽しく駆け抜けた10年。
もう40歳。人生の2/3まできた。
家族との過ごし方は、家族としっかり話して自分たちの幸せをかみしめていきたい。
医師としては?
この10年で自分の興味が1番強いものは何なのか。strong pointが何なのかいつも考えていた。
結果、「地域医療×医学教育」
救急専門医が、3次病院ではないところで役に立つ働き方を実践すること
医学教育は地域で行うことがgeneralismを育みやすいこと
これを証明していきたい。
学生の時に基礎研究の教授に
「臨床医は一生のうちに助けられる患者の数は多くても10万人ぐらいかもしれない。でも、研究者は薬や、新しい知見を見つけることで数千万人を助けることが出来る」
そう言われたことを思い出す。
毎年10名の研修医の先生たちと共に学んだとして60歳までに20年間で200名
その200名が他の人たちへ刺激をしてくれれば、もっと増えるのかもしれない。自分一人が携わる患者さんには限りはあっても、200名が何かを持ち帰ってくれてそれぞれのフィールドで患者さんを救うことが出来れば200倍になる。
教育も、研究同様にたくさんの患者さんを救うことが出来る一つの方法だと思う。
そう考えると、もっと、たくさんの人に何かしらの気づきとなる、ほんのちょっとでいいからきっかけになれたら。そう思う。望みすぎかもしれないし、自分にそんなに力があるのか?といわれるとわからない。研究は向いていない。論文も尚のこと自分には向いていない。本を書いたりすることも向いていない。ただ、教育は一定の評価をもらっている。自分自身も楽しい。消去法なのかもしれない。
わからないから、臨床医として日々勉強を続ける。わかりやすく伝えるにはどうしたらいいか考える。既成概念にこだわることなく、いろいろなツールも試す。
時間は有限だから。
限られた時間の中で、最大限の成果が得られるものをしていきたい。
残り20年と限られた時間で「医師」としての自分が出来ること
generalismをもった医師を沢山育てる
何も、generalistだけが増えればいいとは思っていない。generalismを持ったspecialistが増えればそれだけでも日本の医療はもっとよくなると思う。
器用ではない。要領もよくない。
だから、仲間が必要。自分にない魅力を持ったたくさんの仲間が。
一人では出来ないことをその仲間とともにやっていきたい。
そういう仲間が、同じ方向を向くことで自然とチームができる。組織が出来る。
そういう組織が強い。
コアとなる自分の譲れない目標
これを共有できる仲間をこれからも探していきたい。